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2019.07.01

アンドレイ・ガヴリロフリサイタル

昨日は、横浜までアンドレイ・ガヴリロフのリサイタルを聴きに行ってきました。

実は、なかなか言葉が出てきません。

どうしてだろう、とずっと考えていました。そして、ようやく、言葉ではない部分、言葉にならない部分で受け取ったものが多すぎて、言葉が出てこないのだということに、気が付きました。

一つ一つ、「批評する」ように書くことも、時には必要かもしれません。でも、あの演奏を聴いて、分析して批評的にあれこれ書くことに何の意味があるのだろう?と思いました。

ただただ「すばらしいものを聴いた!」という感動だけです。

どれほどの音色があるのだろう?ほんとうにさまざまな音が聴こえてくる。語りかけてくるような音、悲しげな音、楽しそうな音。1音ずつがほんとうに生きて意味を持っている、という感じ。

フォルテの時には、聴こえてくるだけではなく、響きが直接伝わってくる感じ。

音楽が一つの宇宙として、無限の広がりをもって感じられる、あの響きを直接聴くことができて、ほんとうに幸せでした。

あまりにすばらしくて、会場を立ち去り難く、並んでプログラムにサインしていただき、握手もしていただきました。

とても大きくて厚い手。この手からあの素晴らしい響きが出てくるのだと、また感心。

このプログラムは宝物です。

最後に、大阪のホールのチケット販売ページに掲載されてた御本人の文章の一部をご紹介します。

  音楽に対する私の新たなアプローチは、直観的経験の積み重ねでアマチュア的になされてきた解釈方法を、 科学的レベルまで発展させるものです。
 科学的な研究により楽譜の奥に潜む作曲者の相貌にせまります。
  つまり、作曲家の心理や動機を社会的、文化的、知的側面から真摯に解剖していくのです。
  哲学、人類学、心理学、音楽心理分析、絵画、文学、詩など、 あらゆる人文科学を統合して広く深く学び知ることにより、唯一無二な真の音楽芸術の理解に到達することができるのです。

こうして音楽の中にある作品内容が隅々まで明瞭になった時、作曲家の意図に合致した音楽性を伴う新たな演奏レベルが生まれます。音楽が、一音一音聴衆に語りかけ始めるのです。
  音楽自らが、自分の中に作曲家が何を置いていったのかの全てを話してくれて、音楽が生きたものとなるのです。このような演奏は音楽芸術が新しい意義を持つことを示し、深く理解することの大きな喜びをもたらし、世界中の文化水準を上げることでしょう。

 私の現在の課題は、広く多くの方々に、音楽言語を認識し表現するこの新たなメソッドをお伝えすることです。
 日本は、私がこのメソッドを聴衆に披露する最初の国の一つです。
 聴衆の皆様に是非、シューマンやムソルグスキーの思考を私の演奏を通して理解し辿っていただきたいです。音楽芸術への理解の新たなステージが開かれ、聴衆の皆様にも届くものと信じています。

http://www.kojimacm.com/digest/190704/190704.html